はじめに
「なぜ顧客は自社の商品を購入しているのか?」「類似商品が多数並んでいる中で、どうして自社の商品が選ばれるのか?」これらは、顧客価値を見直すタイミングで浮かび上がってくる問いかけです。マーケティング施策を打ち出す際に重要な顧客価値の意味や関連する戦略について、今回は学んでいきましょう。
顧客価値(カスタマーバリュー)とは
「顧客価値(カスタマーバリュー)」とは、企業が提供する商品やサービスに対して、顧客が認めている価値を指します。ここで押さえておくべき点は、価値を認める主体はあくまで顧客にあることです。企業が提供した”つもり”の価値ではないため、顧客側の認識をリサーチし、正確に把握する必要があります。
たとえば設定している価格がもし顧客価値より高ければ、顧客の購入動機を阻害します。仮に購入したとしても、リピートにつながりません。逆に、設定価格が顧客価値よりも低い場合、企業としては本来得られたはずの利益を損失してしまいます。
インターネットが普及した現代では、類似商品の情報を検索し、比較検討する機会が無数にあります。そのため顧客価値と価格のバランスが著しく悪い商品・サービスは、市場から淘汰されてしまいます。
顧客が感じる4つの価値とは
商品を適正に売るために、顧客価値の理解は重要です。ドイツの富豪であり実業家のカール・アルブレヒトの著作「見えざる真実」(1993 年)によると、顧客価値は4つの段階で構成されています。
- 基本価値(絶対不可欠)
- 期待価値(当然実現すべき)
- 願望価値(あればうれしい)
- 予想外価値(驚嘆)
それぞれの段階について、詳しく説明します。
段階1:基本価値
基本価値とは、その名の通りモノやサービスの基本的な価値であり、お客様からすれば提供されて当然のものを指しています。わかりやすいように、基本価値の例を2つ挙げてみましょう。
- 飲食物:摂取しても人体に害がない
- 自動車:説明書に記載通りの性能や機能
一方、基本価値が欠けた商品を販売すると、顧客からのクレームや企業イメージの低下につながります。たとえば、銀行のATMはお金をいつでも出し入れできるという基本価値がありますが、その価値が失われた事例が、みずほ銀行のシステム障害です。相次ぐトラブルによって、同行は業務改善命令を受けました。
基本価値が不足した商品は、お客様に提供できない欠陥品といえます。
段階2:期待価値
心理学用語でも同じ言葉があるため、意味を混同しがちなですが、マーケティング用語の期待価値は、顧客が期待している価値を意味します。その価値が提供されない場合、苦情をいうほどではないにしても、顧客が不満を抱くものととらえましょう。
ファーストフードの牛丼屋を例に、考えてみましょう。顧客が牛丼屋に期待する価値は「安い」「早い」「値段相応の味でボリュームがある」という3要素と考えられます。そうすると、例えばいくら味に優れたメニューでも、値段が高すぎたり、提供時間が遅すぎたりすると、顧客の期待価値は満たされません。
いくら商品の品質を高めても、顧客のニーズと方向性がずれていると、期待価値の不足に陥ります。
段階3:願望価値
願望価値とは、絶対に必要なものではないものの、顧客にとっては「あるとうれしい」価値を指します。提供できなくても顧客の不満には結び付きませんが、願望価値が把握できれば商品開発のヒントとして使えます。
たとえば牛丼屋の例でいうと、「ヘルシーなメニューがあるとうれしい」という女性客や体脂肪を気にする男性客の願望を拾い上げ、その願望価値を叶えたのが吉野家のライザップコラボメニューや松屋のロカボチェンジサービスです。既存メニューを残したままの商品展開なので、「安い」「早い」「値段相応の味でボリュームがある」という期待価値も裏切らずに、全体の顧客価値を高めたケースといえるでしょう。
段階4:予想外価値
予想外価値とは、顧客の期待や予想を上回ったときに生まれる価値のことです。提供されれば、顧客満足のレベルを超えて、感動につながります。
日常的なところでいえば、100円ショップは好例でしょう。各社の企業努力により、「この商品が本当に100円でいいの?」と目を疑うような商品が多数並べられています。
高級志向でいえば、リッツカールトンをはじめとする一流ホテルは、予想外価値の創出を徹底しています。なぜなら、高級ホテルを選んで宿泊する顧客の大半は、感動を求めているからです。商品の単価が上がるほど、顧客のリピート率を高めるためには予想外価値の創出が重要です。
顧客価値を高めるための方法
顧客価値を高めていくためには、まず3C分析をベースとして行う必要があります。
- 顧客(Customer)
- 自社(Company)
- 競合他社(Competitor)
それぞれについてリサーチを行うと、打ち出していくべき顧客価値の中身が見えてきます。くわしい分析方法や顧客価値の高め方についてまとめました。
SWOT(スウォット)分析で自社の強みを確認する
SWOT分析は、「強み(Strength)」「弱み(Weakness)」「機会(Opportunity)」「脅威(Threat)」の4つの視点から自社を取り巻く環境の分析を行うフレームワークです。
- 社会全体の動きや市場を見たときのプラス・マイナス要素(外部要因)
- 競合他社と比べた際の自社の強みと弱み(内的要因)
基本的にはこの順番で、状況の俯瞰的な把握に取り組みます。
SWOT分析を活かして顧客価値を高めたい場合、特に強みに着目します。たとえば、ディズニーランドを経営するオリエンタルランドのSWOT分析なら、なんといっても「圧倒的なディズニーのブランド力」が強みです。そのほか、「自社保有の広い敷地」や「多面的な事業展開」なども強みでしょう。弱みや機会、脅威を鑑みつつ「強みの要素をいかに組み合わせればより大きな価値を顧客に感じてもらえるか」を検討するのが戦略の基本です。
5F(ファイブフォース)分析で戦略の方向を見定める
顧客価値を打ち出す方向性を決める際には、5F分析も非常に有効な手法です。5F分析とは、次の5つの要因から自社を取り巻く環境の収益性を分析するフレームワークです。
- 売り手(仕入れ元)の交渉力
- 買い手(顧客)の交渉力
- 企業間競争
- 新規参入の脅威
- 代替品の脅威
この5F分析を活かした戦略で、顧客価値を高めたのがスターバックスです。コーヒーショップの業界は無数の競合が存在するため、企業間競争が激しく顧客の交渉力も強い、いわゆる収益性の低い分野に該当します。そんな中、スターバックスが打ち出したのは「サードプレイス」戦略でした。コーヒーを売るのではなく、「くつろぐための場」を売る。この方針を徹底したことで、スターバックスは他店より高めの価格設定でも十分な顧客価値を生み出すことに成功したのです。同じサービスでも切り口を変えるだけで価値を高められる好例といえます。
基本的な価値は顧客体験で高める
「あって当然」の基本価値は、そのままでは何の感動も生みません。いかに人の心を動かす体験を提供できるかが、顧客価値を高めるポイントです。
たとえば、年々進化するテクノロジーによって、電子機器の基本価値として求められる機能は、どの会社も似たり寄ったりになっていきます。機能以外で差別化しやすいのが、顧客一人ひとり異なる体験なのです。
ゲーム機を例に出してみましょう。同世代の携帯ゲーム機としてよく比較されるニンテンドースイッチとPlayStation4ですが、基本的に機能面だけ見ればPlayStation4の方が優れています。しかしファミ通が調べた累積販売台数のデータによると、ニンテンドースイッチは2168万台なのに対し、PlayStation4は939万台。後続機のPlayStation5の販売台数を入れてもニンテンドースイッチとは約2倍の開きがあります。
この差が生じた理由は、「家族みんなで楽しめる体験」を重視したニンテンドーの販売戦略にあるといわれています。通常、ゲームをする子どもの敵になりやすい母親層を戦略的に取り込んだ結果、コロナ禍の影響もあって爆発的なヒットとなったのです。
期待価値は顧客ニーズを整理
「あったらいいな」という期待価値は、顧客ニーズを整理しながら、慎重に類推していく必要があります。ここで重要なのは、ウォンツではなく、何のためにその商品が欲しいのかというニーズです。
期待価値を見誤った経営戦略の失敗事例として、かつてセガが社運を賭けて売り出した当時の最先端ゲーム機「ドリームキャスト」が挙げられます。大々的な販促を行ったにもかかわらず、大赤字を生み出し、セガは家庭用ゲーム機から撤退することになりました。
当時のセガの敗因は、顧客の期待価値を見誤っていたことといわれています。あまりに高機能すぎてソフトの開発が追い付かず、当時のユーザーのニーズを置いてきぼりにしてしまったのです。
期待価値を見定めるには、アンケートやヒアリングで集めた顧客ニーズを精査し、スモールステップで事業を進めながら、仮説の検証を行うとよいでしょう。
願望価値を高めるのはインサイトの深掘りにある
願望価値を高めるためには、顧客のインサイトにしっかりと目を向けましょう。先述した牛丼屋のライザップコラボメニューやロカボチェンジは、まさしくインサイトを深掘りしたからこそ生まれた商品です。「牛丼屋でヘルシーはありえない」という固定概念を疑い、顧客の声に耳を傾け続けたからこその着想です。
インサイトを知るために、さまざまな企業が施策を打っています。たとえばマクドナルドでは、頻繁に商品のネーミング公募や人気商品の投票企画を開催しています。ゲーム感覚で顧客に楽しんでもらいながら、インサイトを活かした商品開発を行っているのです。
顧客が本当に望んでいるものは何なのか? インサイトを深掘りするプロセスは時間もコストもかかりますが、大ヒット商品やロングセラーを生み出すためには欠かせない取り組みです。
予想外価値は感動体験からうまれる
予想外価値を作り出すためには、顧客の期待値を超える感動が必要です。たとえば元々ほしくないプレゼントをもらっても大してうれしくないように、顧客が求めるニーズと同じ方向性で顧客の心を大きく動かす必要があります。
顧客の心を大きく揺さぶるためには、パーソナライズした価値提供が求められます。しかも、優れたプレイヤーだけが感動価値を作れたとしても再現性がありません。感動体験を何度でも生み出せる仕組みを作れれば、組織としては理想的です。
たとえば「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で36年連続1位を受賞する和倉温泉加賀屋では、次のような工夫を行うことで、感動体験を何度も作り出す仕組みを構築しています。
- 小さなクレームでもスタッフ全員に共有し、責任の所在や本質的な原因を分析し、直ちに対策を練って実行する
- お客様のデータを見ながら、出身地や嗜好に合わせて担当をマッチングする。お客様の反応によっては当日でも担当を入れ替える。
加賀屋が提供する感動体験の数々は、組織全体の緻密なPDCAに支えられているのです。
まとめ
今回の記事の内容をまとめると、顧客価値の意味や関連する戦略について次のような内容が分かりました。
- 顧客価値には「基本価値」「期待価値」「願望価値」「予想外価値」の4段階がある。基本価値と期待価値は満たしていないと、顧客に不満が生じる。
- 顧客価値を高めるためには、自社・競合他社・顧客について分析を行い、顧客価値のどの段階をどう高めていくのかを検討すべきである。
- 顧客価値を高めていく仕組みを組織で作るには、データに基づいた細やかなPDCAが不可欠である。
これから顧客価値を高める施策を検討する場合、まずは3C分析やSWOT分析から始めるとよいでしょう。コストがかからず、しかもさまざまな戦略にいかすことができます。
ぜひ今回の記事を今後のマーケティング戦略の参考にしてください。
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