はじめに
売上を安定させるために、企業は新規集客以上に既存顧客の維持に注力すべきだといわれています。特に優良顧客を競合他社に離脱させないための囲い込み施策は非常に重要であり、その成否が企業全体の経営はもちろん、現場の売上成績も大きく左右します。今回は、顧客を囲い込むメリットや具体的な手法について、わかりやすく解説します。
顧客の囲い込みとは
顧客の囲い込みとは、既存顧客を戦略的に維持し、有力な見込み顧客を取り込みながら顧客ロイヤルティを高めていく施策のことです。業界を問わず、新規顧客の獲得は難易度が増しており、既存顧客のりピート購入を促す施策の5~10倍のコストがかかるといわれています。したがって、ビジネスが拡大していくと新規顧客の集客よりも既存顧客の囲い込みに比重が傾いていきます。特に優良顧客がもたらす利益は、企業全体の売上の8割を占めると言われ、優良顧客の囲い込みは多くの企業にとって最優先課題の一つといえるでしょう。
顧客維持によるメリット
顧客の囲い込み施策が成功し既存顧客を維持できれば、企業にとって利があるのは明らかです。しかし、具体的にどのくらいの利益が期待できるのでしょうか。
- 1:5の法則と5:25の法則
- パレートの法則
これらのマーケティングの考え方にもとづいて、顧客を囲い込むメリットを具体的な数字で説明します。
1:5の法則と5:25の法則
1:5の法則は、既存顧客の集客コストと新規顧客の集客コストを比較すると、1:5になるこことを指しています。先述したとおり、新規顧客へのアプローチには最低5倍のコストが必要なのです。5:25の法則は、顧客離れを5%改善することで25%以上の利益改善が期待できることを示しています。どちらも出典は明確ではないものの、実態を表す用語として一般的に使用されています。
限られた予算のうち、新規顧客よりも既存顧客の維持を優先した方が利益の向上が見込めるのは、この2つの法則からも明らかです。
パレートの法則
イタリアの経済学者ヴィルフレド・パレートが発見したパレートの法則は、経済におけるさまざまな事象が8:2の割合で説明できることを示すセオリーです。この考え方は、既存顧客と既存顧客の売上比率にも当てはまるといわれています。実際、企業の総売上の8割を顧客全体の上位20%しかいない優良顧客が生み出すケースが非常に多いのです。そのため、優良顧客を一人のがしただけでも、企業の経営にとっては大きなダメージを被ります。企業を存続・成長させるために、優良顧客の離脱を防ぐ顧客の囲い込み施策は戦略的に注力すべきでしょう。
リテンションマーケティングとは
顧客を維持するためのマーケティングを、リテンション(引き止め)マーケティングといいます。リテンションを行うためには、次のようなアクションを組織的に実施する必要があります。
- 顧客データの社内共有
- 顧客の行動予測
- 顧客への具体的なアプローチ
それぞれどのような行動を起こせばいいのか、具体例を交えながら解説します。
顧客データを社内で共有する
効果的なマーケティング活動の土台にあるのは「顧客の正しい理解」です。顧客の情報を統合・データ化し、購買傾向や興味関心の推移などを分析した上で、社員全員が活用できるデータベース化しておくのが理想でしょう。
営業現場でよくありがちなのが、優れたプレイヤーのみが顧客のデータを自分なりに分析・活用しており、組織全体の共有知になっていないケースです。優れたノウハウが属人的になっているため、企業の成長を考えると誰でもそのノウハウを使えるように仕組み化する必要があります。
顧客データを仕組みとして使う場合、CRM(顧客管理)やSFA(営業支援)などのシステム導入が最も効率的です。実際にこれらのシステムを導入している企業も多い反面、その有用性を現場が把握しておらず、システムを使いこなせていないケースも散見されます。
リテンションマーケティングなどの顧客へのマーケティング施策の効果を高めるには、顧客データをメンバー全員で共有し、有効な施策をチームとして検討できる体制作りが必須でしょう。
顧客の行動予測をする
顧客の興味関心やライフスタイルは、時代の変化とともに刻一刻と変化しています。そのため、現在の営業活動の想定になっている「顧客像」にズレが生じた結果、アプローチの効果が下がり離脱を増やしてしまうケースがあります。そんなときに有効なのが、顧客の行動観察を行い、顧客の行動を予測できる材料を増やすことです。
営業職のように顧客と直接コンタクトをとる職務を担っているメンバーは、顧客の行動観察データを収集できるポジションにいます。普段現場と離れている管理職や経営者層であれば、ぜひ現場に協力を仰いで鮮度のよいデータを定期的に収集すべきでしょう。そうすれば、顧客の行動予測をより高精度に行うことができ、さまざまな施策の効果を向上できます。
顧客への具体的なアプローチを行う
蓄積した既存顧客のデータを分析し、最新の動向を可視化し終えたら、具体的なアプローチの改善を検討しましょう。その際、頭に入れておきたいのが顧客分類です。たとえば「最新の購入日」「購買頻度」「購買額」の3軸で顧客を区分けするRFM分析などのフレームワークを使うと、優先して囲い込むべき顧客が見えてきます。
顧客のセグメントによって距離感や温度感が異なるため、それぞれ適切なアプローチが異なります。戦略を決める前には必ずデータに立ち返って各セグメントの顧客分析を行ってから、具体的なアプローチ法の策定に映るとよいでしょう。
B to Cにおける囲い込み戦略とは
顧客の引き止めであるリテンションマーケティングに対し、さらにロイヤルティ高めて自社のファンを増やしていく施策が囲い込みです。B to C企業で積極的に行われている囲い込み手法を一部紹介すると、以下の通りです。
- 専用アプリ
- コミュニケーションサイト
- サブスクリプションサービス
近年増えてきたB to Cの囲い込み戦略の詳細をまとめました。
専用アプリによる囲い込み
業種を問わず専用アプリをリリースする企業が増えてきました。コストを投じて専用アプリをわざわざ開発する背景には、顧客の囲い込みを狙う意図があります。一例として、無印良品の専用アプリ「MUJI passport」を挙げてみましょう。「MUJI passport」には次のような機能が搭載されてきます。
- 無印良品の商品・サービス全ての支払いに使用できるMUJIマイル制度
- 会員情報と連携した顧客に対してMUJIマイルをプレゼントするサービス
- アプリ会員に対する誕生日優待や特別クーポンの発行
上記以外にも、「MUJI passport」には顧客が何度も利用したくなる工夫が施されています。ポイントカードのように持ち歩きの手間なくマイルがためられる利便性や特別クーポンなどの提供によるお得感によって、無印良品のファンの囲い込みを行っています。
コミュニケーションサイトによる囲い込み
顧客と活発にコミュニケーションがとれるコミュニケーションサイトを用意するのも囲い込み戦略の一つです。代表的なのが14年連続で顧客満足度No.1を記録するソニー損害保険株式会社の事例でしょう。同社は、顧客の利益が自社の利益につながる、という考え方のもと、顧客とのタッチポイント構築を丁寧に行っています。その一つが、顧客が自由に書き込める「お客様とソニー損保のコミュニケーションサイト」です。顧客からは8万件以上のリクエストが寄せられており、その声一つ一つに対して丁寧に対応しています。その結果、リサーチの手間なく顧客ニーズを見いだしやすく、顧客の声をすぐさま商品開発や改良に結び付けられる環境が整っています。顧客満足度を高めながら、自社のブランディングにつながる効果的なマーケティングです。
サブスクリプションサービスによる囲い込み
最近のトレンドであるサブスクリプションサービスも顧客の囲い込みに有効です。いったん月額制サービスに登録すると、解約のデメリットが特に設定されていなくても、サービス内容に十分な満足を感じていれば継続可能性が高まります。
企業からすると、継続的な収益が見込めます。安定したサービスを提供し続けることができれば、ユーザー数に応じた売上予測が立てやすく、安定した経営が実現しやすくなります。
たとえばブランド腕時計レンタルのサブスクリプションサービス「KARITOKE(カリトケ)」を例にあげると、ロレックスやブルガリなど購入ハードルが高いハイブランドの腕時計をレンタル形式で安価に提供することで、従来届かなかった顧客層にアプローチできています。レンタルで物足りなくなった人が商品を購入するケースも多いため、優良顧客の育成手段としても功を奏しています。
B to B企業における囲い込み戦略とは
B to Bの企業の場合、顧客の囲い込み戦略は以下のようなポイントを押さえて展開されてます。
- 顧客維持の定義を作成する
- アフターフォローによる関係構築
- 顧客ロイヤルティを高める施策を打つ
- 顧客管理システムの導入
- 自社のブランディング強化
それぞれ具体例を挙げながら、解説します。
顧客維持の定義を作成する
顧客維持とは、顧客が自社から離脱していない状態を指します。しかし、「離脱していない状態」をきちんと定義しているマーケティング担当者は意外と少数です。
わかりやすい指標として顧客の購買頻度と最近の購入日があります。一定の基準を設けた上で、ある程度購買されない期間が続いた場合、その顧客は「離脱の危険あり」と考えられます。そのほか、例えばアンケート調査を実施し
- 再購入の意思を測定できる質問項目を入れ込む
- 顧客ロイヤルティの度合いを表すNPSスコアを測定する
といった指標を用意するのもよいでしょう。
離脱の危険がある顧客の現状を知ることで、囲い込み戦略のPDCAサイクルを回すことができます。
アフターフォローによる関係構築
既存顧客の維持のためには、アフターフォローによる関係構築が重要です。特にB to Bビジネスの場合、必須といえるでしょう。既存顧客に対して売りっぱなしで終わる企業は、競合他社との競争が激化している現代社会では生き残れません。
たとえば3カ月に1度程度、現状のサービスに対する不満や改善点などを電話でヒアリングするだけで、顧客とのリレーションシップ構築効果が見込めます。不満があるなしに関わらず、「自分の会社を大切に扱ってもらっている」と顧客に感じていただくことで、信頼関係を強化し、双方にとってWin-Winとなる囲い込みが成立するのです。
顧客ロイヤルティを高める施策を打つ
アンケートを通じて自社のサービスに対する満足度合いを定期的に計測しておくと、顧客ロイヤルティの度合いを可視化できます。ロイヤルティが高い顧客とは継続的な関係が続きやすいため、囲い込み施策と直結しています。
具体的には先述したNPSスコアを計測するための項目として「自社の商品を友人や同僚にどの程度勧めたいですか?」という質問を使い、10段階で回答してもらうようにアンケートを設計します。他の人への推薦度合いを数値化したNPSスコアを調べておけば、顧客のロイヤルティの動向を把握できます。またアンケートに加えて、顧客の温度感をはかるために電話での定期的なヒアリングも行うとより効果的です。
顧客管理システムの導入
顧客のデータを社内で共有し、効率よく管理したい場合、ある程度の規模以上の組織であればCRM(顧客管理)システムの導入が便利です。CRMシステムには主に、次のような機能が搭載されています。
- 顧客の基本情報登録
- 顧客との関係性登録
- 顧客情報のデータ分析
- メールや電話の受付機能
- 営業支援
- マーケティング支援
CRMシステムを使えば、顧客データをセグメントに分けて分析し、データベース化できるため、顧客別のニーズやウォンツ、購買パターンなど細かなデータもわかりやすく整理できます。
ただしCRMツールはあくまでもツールにすぎません。営業職やマーケティング担当者が顧客の囲い込み施策のPDCAに意識をむけ、データベースを戦略的に使いこなさない限り、システムを生かしきることができません。
自社のブランディング強化
自社のブランディングを強化すると、顧客ロイヤルティが高まり、結果として囲い込みにつながります。これからブランディングを行う企業であれば、オウンドメディアやSNS、メルマガなど、自社のメッセージを発信できる媒体を強化するとよいでしょう。これらのツールは広告と比べれば安価に運用でき、長期的に蓄積していければ会社の資産になるからです。
ブランディングを行うためには、企業のビジョンや価値観を明確に言語化しておく必要があります。「誰に」「何を」届けたいのか、自社商品を通じて「どんな未来」を実現したいのか。プランディングの軸をしっかり定めてから、自社の顧客ターゲットに適したメディアの育成を行いましょう。
まとめ
顧客の囲い込み戦略のポイントをまとめると以下の3点です。
- 既存顧客を維持し、ロイヤルティをさらに高める囲い込み戦略は、企業の経営安定のためには欠かせない手法である
- BtoC企業では、専用アプリやコミュニケーションサイト、サブスクリプションサービスなどを導入し、顧客の囲い込みを行っている
- BtoB企業はCRMシステムなどを使って現状を分析し、顧客のアフターフォローを徹底しながらロイヤルティを高めて囲い込みを行っている
自社の囲い込み戦略がうまく行っていない場合、そもそも顧客の現状を正確に把握していないケースが大半です。まずは顧客へのアンケートやヒアリングを行い、現状のロイヤルティの度合いや課題点の抽出から行っていきましょう。