はじめに
インターネット技術の進歩やSNSの普及により、さまざまな情報を顧客が比較できる現代において、新規集客のハードルは年々高まっています。もともと新規顧客の集客には既存顧客に対する施策に比べて5倍のコストがかかるといわれていましたが、近年では10倍以上かかることも珍しくありません。そのため、既存顧客を育てる顧客育成の重要度がますます高まっているのです。今回は、特に1顧客あたりの取引額が大きくなりがちなB to B ビジネスのマーケティングで必須の顧客育成について解説します。
顧客育成とは
顧客育成とは、潜在的なニーズを抱える見込み顧客に対して、中長期的にアプローチを続け、自社の商品・サービスに対する関心や購買意欲を高めていくための取り組みです。B to C分野ではすでに広く普及した考え方であり、各企業が積極的な施策を実施しています。ECサイトで商品を購入した後のサンクスメールや定期的に配信されるメールマガジンなどは、その典型例です。
ところが、B to B の営業ではまだ顧客育成の概念が一般的とはいえません。そのため、顧客に対するアプローチが場当たり的になりやすく、顧客がほしいと思ったタイミングを逃すケースが多く見られます。B to B のビジネスで顧客育成を行う場合
- 既存顧客の対策
- 優良顧客の対策
- 新規顧客の対策
- 休眠顧客の対策
の4パターンに分かれます。それぞれどのような内容なのか、くわしく見ていきましょう。
既存顧客の対策
顧客育成を既存顧客に対して行うと、アップセルやクロスセルの展開がしやすくなります。顧客との信頼関係が高まっている上、顧客育成を通じて相手のニーズをより深く理解できるので、顧客への提案のハードルが下がるのです。
クロスセルの場合は、自社商品だけに限定せず、提携している他社商品の紹介も可能です。コピー機のメーカーの営業を事例に考えてみましょう。自社がコピー機の販売・メンテナンスを行った取引先で、オフィスのレイアウト変更の予定があると仮定します。その際にレイアウト変更の業者を紹介できれば、顧客と提携業者から喜ばれますし、紹介料を受け取ることもできるでしょう。自社商品以外のことでも力になってくれる企業だと一度認識してもらえたら、ほかにもさまざまな依頼が発生する可能性が高まります。こうしてビジネスの好循環を起こしていけば、顧客ロイヤルティも高まっていきます。
優良顧客の対策
既存顧客の顧客育成の目的は、購入金額や購入頻度が大きい優良顧客の割合を高めていくことです。では、すでに優良顧客になってくれているお客様にはもう、顧客育成は必要ないのでしょうか。その答えはNOです。
自社に有効的な優良顧客であっても、よりよい商品やサービスを提供している企業があれば、他社へと離脱する可能性があります。そのため、優良顧客に対する顧客育成の目的は長期に渡って信頼を構築し、顧客ロイヤルティを高めて囲い込むことです。
顧客基盤自体は新陳代謝を繰り返しているため、ある程度の離脱は避けられない部分がありますが、優良顧客に育っている顧客層を逃さないように、定期的なアプローチや顧客体験の向上施策を図る必要があるでしょう。
新規顧客の対策
新規顧客に対しても、顧客育成の考え方は有効です。従来のビジネスでは、顧客へのアプローチとしてとにかく営業や広告の回数を増やし、顧客獲得のチャンスを広げる手法が多く用いられてきました。しかし、インターネットやSNSでの検索が容易になった現代では、そのような売り手目線の施策では顧客の購買反応を引き出せなくなっています。そのため、より顧客と信頼関係を築き、商品の価値をきちんと浸透させるための中長期的な顧客育成を必要とする企業が増えているのです。すぐの売上アップにはつながらなくても、顧客のニーズや悩みを丁寧にヒアリングし、課題解決に役立つ有益な情報を発信していくことで、顧客からの認知アップやブランドイメージ向上が期待できます。
休眠顧客の対策
自社商品を購入した経験はあるものの、しばらく間が空いてしまった顧客を休眠顧客といいます。B to B ビジネスで休眠顧客をそのまま放置していることはないでしょうか。休眠顧客の掘り起こしは新規顧客へのアプローチよりも低コストで売上アップが見込めるため、最近伸び悩みを感じている企業ほど前向きに取り組むべきでしょう。
具体的な取り組み方として、まずは休眠顧客の「休眠期間」や「休眠までの利用状況」のデータを把握し、メールアンケートなどを用いて「しばらくの間、自社の商品・サービスを利用しなかった理由は何か」を探りましょう。休眠顧客が自社から離れていた理由を分析し、その改善に対する取組内容などを伝えていくことで、顧客との距離が再度縮まり、優良顧客へと育成できる可能性が高まります。
顧客育成の具体的な方法
顧客育成の具体的な方法は非常に多様です。一例を挙げると以下のような施策があります。顧客の種類や関係値に応じた方法を用いることで、自社商品への関心や購買意欲を高めることができます。
- ダイレクトメール
- 対面営業・プレゼンテーション
- メールマガジン
- オウンドメディア
- ホワイトペーパー
- セミナー
- 展示会
- SNS
既存や優良顧客の対策に有効な方法
さまざまな顧客育成の手法の中でも、特に優良顧客を含む既存顧客に対して有効な手法をまとめていきます。
- ダイレクトメール
- チャットツール
- 対面営業・プレゼンテーション
- メールマガジン
それぞれの内容をくわしく解説します。
ダイレクトメール(紙のDM)
カタログや封書など、紙媒体の手紙を送るダイレクトメールは、既存顧客の育成に適した方法です。新規顧客向けのダイレクトメールは一般的に開封率が極めて低いことで有名ですが、すでに関係を築けている顧客相手であれば話が異なります。文字や画像の組み合わせを自由にカスタマイズできるダイレクトメールなら、発送コストはかかりますが、他の媒体以上の情報量を伝達できるメリットがあります。ターゲット顧客が高齢者層であれば、電子媒体よりも読んでもらえる可能性が高いのが特徴です。
チャットツールの活用
LINEやメッセンジャーのように1対1で気軽にコミュニケーションが取れるチャットツールですでに顧客とつながっている場合、顧客育成にもぜひ活用しましょう。チャットツールの利点は、メールよりも簡潔な文章でやり取りができることです。そのため、顧客の心理的負担をさほどかけずに、時候のあいさつなどからコミュニケーションを切り出すことができます。大量の情報を送りたいときには不向きですが、日頃のリレーションシップ維持には効果的です。顧客によってはチャットのやり取りを好まない人もいるため、相手の温度感は必ずチェックしておきましょう。加えて、謝罪など顧客に急いで誠意を示すべきタイミングでは適さないという点も留意しましょう。
対面営業・プレゼンテーション
顧客のニーズがある程度見えている場合、例えばアップセルやクロスセルの対面営業やプレゼンテーションも顧客育成の手段になりえます。顧客が抱えている課題に対して、自社がどのような役に立てるのかを明確に示すことで自社の提供価値を顧客に再認識させる機会だからです。もちろん顧客に購入してもらえれば自社の売上増につながりますし、仮にそのときは購入してもらえなかったとしても、次の機会へとつながります、対面営業やプレゼンテーションは、新規顧客相手をイメージしがちですが、ぜひ既存顧客に対しても仕掛けていきましょう。
メールマガジンの配信
タイムリーな情報を即座に発信できるメールマガジンは低コストで顧客育成できる便利な手法です。たとえばこのような内容を発信すれば、多くの既存顧客から喜ばれるでしょう。
- 自社商品を使っている顧客にありがちなトラブルの対策法
- 自社商品と合わせて使うと便利なツールやサービスの紹介
- 担当者の人柄や会社の価値観を感じさせるエピソード
- 自社の新商品や企画のご案内
ときどき宣伝を入れるにしても、基本は「顧客目線で役立つ情報」をお届けするのがメールマガジンのポイントです。宣伝ばかりのメールマガジンでは、顧客に飽きられてしまい、逆に企業イメージを下げてしまいます。顧客の興味関心やニーズに合った話題に対して常にアンテナを張っておくとよいでしょう。
新規顧客の対策に有効な方法
既存顧客と異なり、ゼロから関係をスタートする新規顧客の育成には、次のような手法を用います。
- ステップメール
- コンテンツマーケティング
- ホワイトペーパー
- セミナーの開催(ウェビナー・オンラインセミナー)
- 展示会などへの出店
- SNSでの情報発信
- コミュニティでの情報発信
- インサイドセールス
どの手法も有効ですが、業態によって向き不向きが分かれます。一つずつくわしく解説します。
ステップメールの配信
あらかじめ用意しておいたメールを、事前設定したスケジュールやユーザーのアクションに合わせて配信するシステムをステップメールといいます。最近ではメールではなく、LINEのメッセージでも同じようにステップが組めるシステムもあります。たとえば
- Webページから資料請求をした場合
- 何かしらのプレゼントやキャンペーンに参加した場合
- 無料のメール講座に申し込んだ場合
などに使われるケースが多いようです。B to BCでよく見かける仕組みですが、B to B でも活用できます。特にオンラインで完結できる商品を取り扱っている企業であれば、検討に値する手法です。
コンテンツマーケティング
コンテンツマーケティングとは、オウンドメディアやSNSで顧客に役立つ情報を発信していく手法です。良質なコンテンツを蓄積するにはコストや時間がかかりますが、その分、中長期的な顧客育成に向いています。コンテンツマーケティングを行う場合、先述したステップメールとの相性がよいため、ぜひ相乗効果を狙いましょう。
たとえばWeb制作会社の株式会社LIGが運営する「LIGブログ」はオウンドメディアの成功例として知られています。Web・IT業界に携わる実践的なノウハウを発信し、よりくわしい情報が知りたい人はメールマガジンに登録する仕組みを使って、見込み顧客のリスト収集に成功しています。
ホワイトペーパーの作成と発信
ホワイトペーパーとは、マーケティング用語で「自社の提供するソリューションをまとめた報告書」のことを指します。ホワイトペーパーを作成し、プレスリリースなども活用して広く発信していくことで、情報を提供された見込み顧客の自社に対する興味関心を養います。この手法は、特にB to B ビジネスで真価を発揮します。
たとえば,自動制御機器や光学顕微鏡などの開発製造・販売を行っている国内最大手企業の一つであるキーエンスは、極めて多くのホワイトペーパーをホームページ上で公開しています。「画像処理の教科書」や「キーエンス式測定・検査の改善のススメ」など、テーマとターゲットを絞り込んだホワイトペーパーばかりなのも特徴です。キーエンスでは「安全知識.com」などのオウンドメディアとホワイトペーパーを連想させ、非常に細やかな新規顧客向けの顧客育成を行っています。
セミナーの開催(ウェビナー・オンラインセミナー)
商品やサービスへの興味関心がある程度高い見込み顧客であれば、顧客の課題解決に役立つセミナー開催も有効な顧客育成ツールです。セミナーの利点としては、主に以下の3点が挙げられます。
- ダウンロード資料や文章では表現しきれなかった詳細をくわしく解説できる
- 最新情報をふまえたデモンストレーションが行える
- 視聴者の反応をその場でチェックできる
参加者側の企業からしても、複数人の参加者が集まっているため、1対1で「売り込まれる」という不安がないため、気軽に参加できます。最近ではZOOMなどのオンラインツールが利用できるため、より低コストでの企画・開催が可能です。
展示会などへの出店
展示会などのイベント出展も顧客育成の手段として有効です。B to Bマーケティングでは常套手段であり、取り入れている企業は少なくありません。展示会に出展する場合、参加費用がかかるため以下の2点に注意して、コスト以上の効果を狙いましょう。
- 自社サービスのなにを「認知」させたいのか目的を定める
- どれくらい新規見込み顧客を獲得すれば成功とみなすか目標を決める
展示会での顧客育成は開催中だけではなく事前の告知や終了後のアフターフォローもポイントです。特にアフターフォローは必須です。せっかく獲得したリストを最大限に活かして、見込み顧客とリレーションシップを築きましょう。
SNSでの情報発信
B to Cでは積極的に活用されているSNSですが、B to B 営業を主軸にしている企業でも情報発信ツールとして注目を集めています。ツイッターやフェイスブック、インスタグラムなどで企業アカウントを運用し、情報発信を継続する手法はB to B 向けの企業でも有用な顧客育成法です。
B to B 向け企業の場合、一般的にはオウンドメディアに掲載した新作記事や新サービスなどの情報をSNSで投稿し、コーポレートサイトやオウンドメディアへ誘導します。
一例として、精密機器を手掛ける島津製作所のFacebookページを見てみましょう。企業のブランディングや集客、採用を目的に、最新トピックスや社会貢献活動、SDGs関連の取り組みなど、さまざまな情報を発信しています。
コミュニティでの情報発信
最近増えている顧客育成法が、コミュニティ機能の活用です。B to Cはもちろん、B to B でもより充実したカスタマーサクセスを目指して、オープンコミュニティを構築し、顧客育成の場とするケースが増えています。
たとえば、顧客体験(CX)プラットフォーム「KARTE」を提供する株式会社プレイドは同サービスのユーザー企業を集めた「KARTE Friends Community」というオープンコミュニティを運営しています。このコミュニティは、顧客にとっては顧客体験の改善を追求し合う場であり、運営会社にとっては顧客の声を直接ヒアリングできる場でもあります。B to B 向けの企業ではまだコミュニティ機能を導入しているケースが少ないため、競合他社との差別化にもつながるでしょう。
インサイドセールス
インサイドセールスとは、電話やメール、SNS、ウェブ会議システムなどのツールを使い、顧客と非対面でコミュニケーションをとりながら営業を行う仕事です。外勤型のフィールドセールスと比べると、次のような特徴があります。
- 訪問時間がなくなる分、アプローチ数の増加が見込める
- オンラインなどを通じて、顧客との双方向のコミュニケーションが可能
- カスタマー部門では察知しきれない部分にも能動的なアクションがとれる
扱う商品によっては、インサイドセールスが見込み顧客の育成を行い、商品理解を深めながら商談の成立まで進めていくケースがあります。
休眠顧客の対策
既存顧客への顧客育成法には、先述したとおり「ダイレクトメール」「チャットツール」「対面営業・プレゼンテーション」「メールマガジン」の4種類があります。それをふまえて、自社商品から遠ざかっている休眠顧客の顧客育成を考えていきましょう。代表的な取り組みとしては次の施策があげられます。
- リターゲッティング広告
- 紙のダイレクトメール
- クーポンなどの割引発行
- 電話によるアプローチ
リターゲティング広告
休眠顧客への顧客育成法の一つが、リターゲッティング広告です。1回以上自社のサイトを訪れたことがある人に、他のサイトで自社広告を配信する宣伝手法を指します。
リターゲティング広告は通常、自社の商品やサービスに興味をもった見込み顧客に対して、そのニーズを喚起する役割を担っています。しかし、見方を変えると、休眠顧客の多くは自社サイトにアクセスした経験があるはずです。そのため、リターゲッティング広告を使うことで、すでに自社のことを忘れているユーザーに思い出してもらうきっかけを作り出すことができます。
紙のダイレクトメール
紙のダイレクトメールは、休眠顧客へのアプローチとして代表的な手法でしょう。アクティブな既存顧客と比べると開封率が低下するため、少しでも確率を上げられるよう、ターゲットはより慎重に絞りましょう。送付コストを無駄にしないために、たとえば「今だけ使えるクーポン券を同封しています」など顧客が利益を感じられるような特典を添えるなど、次のアクションにつながる動線には工夫が必要です。
クーポンなどの割引発行
休眠顧客にクーポンを送る手法は、紙のダイレクトメールだけではなく、電子メールでも行われています。同じく顧客育成の手法ではありますが、やはり休眠期間がある分、開封率は下がってしまいます。そのため、タイトル欄には顧客が開封したくなるようなキャッチコピーを工夫して入れましょう。休眠顧客を増やさないよう、顧客管理(CRM)システムなどを利用して、ある一定の条件のもと自動的にメールやステップメールが配信されるようなしくみを作っておくと効率的です。
電話によるアプローチ
休眠顧客には、電話でのアプローチも効果的です。何度もかけると「しつこい営業電話」になってしまうため、顧客が関心を持ちそうな企画やメリットのあるキャンペーンの案内を行うとよいでしょう。「特別セールへのご招待」など、貴社だけの特別感を演出すると、さらに話を聞いてもらえる可能性が高まります。
休眠顧客と直接話ができるチャンスなので、可能であればぜひ「自社商品の不満な点」や「休眠の理由」を伺いみましょう。今後のマーケティングや営業の改善に役立ちます。
まとめ
顧客育成について、まとめるとポイントは以下の3点です。
- 顧客育成は、B to B 向け企業ではまだあまりなじみがない考え方であり、取り入れることで集客コストの削減や売上アップ、競合他社との差別化が期待できる
- 顧客育成の対象となる顧客は、優良顧客をふくむアクティブな既存顧客、新規顧客、休眠顧客の3通りである
- 顧客育成の手法はさまざまなので、相手企業との関係性や業種の相性など総合的に判断したほうがよい
業種を問わず、顧客育成の考え方は非常に役立ちます。自社でまだ行っていない場合は、今回の記事を参考にしながら、日頃の営業活動やマーケティングにできるところから取り入れてみてください。