はじめに
ビジネスでは「顧客ニーズ」という言葉を耳にする機会は多いでしょう。しかし、顧客ニーズの定義や具体的なリサーチ方法に関する理解があいまいなまま、現場の実務に追われている人も多いようです。よく使われるマーケティング用語だからこそ、定義やリサーチ方法を明確にしておかないと社内で認識の齟齬が生まれがちです。今回は、顧客ニーズの定義やウォンツとの違い、そしてリサーチの手法、具体的な活用法を解説します。
顧客ニーズとは
顧客ニーズとは、顧客が抱えている欲求や需要のことです。商品などを買う際の「必要性」「目的」と言い換えてもよいでしょう。顧客が何を求めているのかが把握できれば、顧客に合わせた商品開発や効果的なセールスが実現できます。
顧客ニーズでありがちなのが、「何が欲しいですか」と顧客に尋ねればニーズが分かるという誤った認識です。顧客ニーズは単なる「欲しいもの」ではなく、その背景にある「顧客がほしい理由」を深堀りしなければ正しいニーズを入手できません。顧客自身がニーズを自覚していないまま商品を購入しているケースもあるため、顧客ニーズはヒアリングだけではなくさまざまな顧客データも含めて多角的に検証する必要があります。
顧客ウォンツとの違いとは
顧客ニーズと混同しやすいマーケティング用語に「ウォンツ」があります。ニーズは「商品を買う目的」であり、ウォンツは「その手段」です。たとえば、パソコンを購入するために家電販売店に訪れた顧客のニーズとウォンツは何でしょうか。
ウォンツ(手段):パソコンが買いたい
ニーズ(目的):仕事の効率を高めたい、テレワークの環境を整えたい など
ウォンツに比べると、多様で複雑なのがニーズです。上記の例でいえば、パソコンを買いたい顧客の背景事情をくみ取った提案をしなければ、ニーズを満たすことはできません。たとえば、仕事の能率を高めたい顧客にパソコンを売るなら、仕事内容や業務スタイルなどに合ったスペックやサイズを提案すれば、購入可能性が高まるでしょう。テレワーク環境の整備を希望されている顧客であれば、ヘッドフォンやゲーミングチェアなども一緒におすすめできるかもしれません。
このように表面的なウォンツではなく、その背景にあるニーズへの理解を深めれば、売上アップや顧客満足度向上が見込めます。
顧客の顕在ニーズとは
顧客ニーズは、顧客が自覚している「顕在ニーズ」と自覚がない「潜在ニーズ」に分かれます。顧客に「なぜ」を問いかけ、その欲求を深堀りしていくと比較的容易に顕在ニーズが見えてきます。たとえば、テレワークのためにパソコンを購入したい顧客と店員のやりとりを見てみましょう。
顧客:「新しいパソコンが買いたいのですが」
店員:「ありがとうございます。どうして今回はパソコンをお求めに?」
顧客:「今のパソコンだとちょっとスペックが足りないんですよね」
店員:「スペックは用途次第ですが、どういった使い方を考えておられるんでしょうか」
顧客:「会社がテレワークに切り替わったので、ZOOMで仮想背景を使いたくて…」
健在ニーズを掘り起こすやりとりは、量販店などの接客シーンでよく見かけます。営業や販促の場面で、顧客のニーズに合わせた商品提案は必須といえます。
顧客の潜在ニーズとは
顕在ニーズに訴求しても、顧客が購買に至らない場合、原因の一つに潜在ニーズを見逃していることが考えられます。潜在ニーズは顧客自身も自覚していないため、発見が容易ではありません。しかし、顧客の属性や過去の行動履歴など、顧客に関するデータを分析すれば、その手がかりが見えてきます。
テレワーク用のパソコンを買いたい顧客の例で、再度考えてみましょう。顕在ニーズに合った機種を提案しても反応が芳しくない場合、たとえばこのような潜在ニーズが隠れているかもしれません。
- WindowsよりもMac派
- 海外メーカーの商品は避けたい
- 個性的なカラーリングが好き
潜在ニーズは、ヒアリングだけでは把握できません。日頃から顧客データを観察し、購買動向を分析しておけば、顕在ニーズと合わせて顧客に刺さる提案が可能になります。
ニーズ把握の調査方法
顧客のニーズを把握するためには、リサーチが必要です。一般的には、次のような調査手法がよく用いられます。
- インタビューによる深堀り
- アンケート調査による分析
- オウンドメディアによるアクセス解析
- 行動観察調査(エスノグラフィー)による潜在ニーズ調査
- インターネット検索
- 既存顧客の分析
それぞれくわしく見ていきましょう。
インタビューによる深掘り
パソコンを購入したい顧客と店員の会話例のように、ニーズを引き出すシンプルな方法が顧客との対話です。商品やサービスを提供したい顧客が明らかな場合、質問を重ねていくことで顕在ニーズを洗い出せます。この現場での対話をマーケティング活動として意図的に行う手法をインタビュー調査といいます。
営業や販売の現場に限らず、企業のマーケティングでは商品開発や商品改良などを目的としたインタビュー調査を多用しています。具体的な方法としては、既存顧客に対して1対1でインタビューするデプスインタビュー形式や複数の顧客から同時に話を聞くグループインタビュー形式の2種類です。
これらの調査を行う際、顧客の会話内容だけではなく、表情や行動の観察も意識しておきしょう。意外なところから潜在ニーズの糸口がつかめる可能性があります。
アンケート調査による分析
顧客ニーズを効率的に収集したい場合はアンケート調査を実施します。
- 企業が知りたい情報に対して回答してもらえる
- 回答者の属性にあった分析が行える
- 同じ形式のアンケート調査票が利用できる
アンケート調査には、上記のようなメリットがあります。定期的にアンケートを実施している企業は多く、特にB to C企業では必須といえるでしょう。最近では、コストや回収、集計の早さからクラウドソーシングを使ったアンケート調査もあり、実施ハードルがさらに下がったといえます。
非常に便利な手法ですが、アンケート設計や集計にかかる手間、ニーズの深堀りが難しい点などのデメリットにも留意しておきましょう。
アンケート調査を実施する際は、回答者にいくらかの謝礼やプレゼントを用意するケースが多く、報酬目的の回答者が増えると調査結果の信ぴょう性が低下するので注意が必要です。そのためアンケート調査だけに頼らず、他の手法との組み合わせをおすすめします。
オウンドメディアによるアクセス解析
自社でオウンドメディアを運営している場合、アクセス解析からも顧客ニーズを類推できます。GoogleアナリティクスやGoogleサーチコンソール、そのほかヒートマップ解析ツールなどを使うと以下のデータ収集が可能です。
- ユーザーが検索しているキーワード
- ユーザーが使う媒体の種類
- ユーザーがよく閲覧するコンテンツの種類
- コンバージョンがとれている記事の共通点
- ユーザーが離脱しやすいポイント
データの分析で顧客の興味関心や趣味、ライフスタイルなど、顧客の日常が推測できます。
たとえばダイエット関係のコンテンツを扱っている場合、顧客が痩せたい理由が健康上の理由なのか、恋愛面の問題なのか、より細身の服が着たいのかなど、ニーズの違いを検索ワードや記事のアクセスから把握できます。
行動観察調査(エスノグラフィー)による潜在ニーズ調査
潜在ニーズの把握には、行動観察調査(エスノグラフィー)が有効です。ビジネスの行動観察調査とは、顧客の日常生活での行動を観察し、商品やサービスの利用状況を把握することを指します。
最近では、人の目で観察するほか、視線計測データやビデオ映像を活用するケースが見られます。大手コンビニエンスストアでは一部の実験店にて顧客分析用のカメラ設置をすでに進めています。
たとえば「顧客が買おうと手にとってやめた商品は何なのか」「店内でどのような動きをしているのか」「どんな広告に目をむけているのか」といった情報は、POSレジからは得られません。ビッグデータの活用がこれから進んでいく中で、行動観察などの質的なデータの価値はさらに高まっていくでしょう。
インターネット検索
インターネットを検索すると、顧客ニーズのヒントはあちこちに見つかります。たとえば以下のような検索結果は顧客ニーズの把握に役立ちます。
- SNSで発信されているトレンドや商品への感想
- Googleマイビジネスやポータルサイトに寄せられる口コミ
- 通販サイトのレビュー
レビューや口コミを投稿している顧客は全体のごく一部のため、その意見には偏りが生じます。ポジティブな評価よりもネガティブな内容の方が多くなりがちな点に留意しましょう。
情報の信頼性は他の方法よりも劣りますが、その分顧客が調査などでは言いづらいと感じる本音が混じっていることもあるため、軽視すべきではありません。
既存顧客の分析
既存顧客を分析し、優良顧客のニーズを把握できれば、今後の新規顧客の集客にも役立ちます。既存顧客の分析方法としてよく使われるフレームワークの一つががRFM分析です。この分析では、「Recency(直近の購入履歴)」、「Frequency(購入頻度)」、「Monetary(購入金額)」を3つの指標に、顧客をグループ分けします。RFMが全て高い層が、優良顧客に該当します。
この分析だけではニーズは見えてきませんが、たとえば
- RFMが全て高い優良顧客に、「自社商品を選ぶ理由」についてインタビューを行う
- Fが低下してきている顧客に、自社商品への不満に関するアンケートを取る
など、インタビューやアンケート調査と組み合わせると、効果的なリサーチが可能です。また、顧客とのリレーションシップの維持効果も期待できます。
顧客ニーズの活用方法
顧客へのリサーチからニーズを見いだした後は、そのニーズを企業活動に活用します。ニーズの活用法は大きく分けて次の4パターンです。
- バリュープロポジションの把握
- パーソナライズの活用
- マイクロモーメントへの落とし込み
- 商品開発や改良
それぞれどのような活用法なのか、くわしく見ていきましょう。
バリュープロポジションの把握
バリュープロポジションとは、顧客が感じている商品の価値を指します。バリュープロポジションを知るためには、その商品を手に入れたらどんなメリットがあるのかを顧客視点で探る必要があります。
競合他社の商品よりも自社の商品を顧客に選んでもらうには、バリュープロポジションの差別化がカギとなります。もし顧客の顕在ニーズ・潜在ニーズがわかっていれば、自社商品の強みとバリュープロポジションの相関がわかります。
たとえば、アイスのガリガリ君は実はスポーツマンにも人気の氷菓です。「アイシング代わりに使いたい」という顧客ニーズがバリューポジションとなります。顧客の利用目的を丁寧に掘り起こすことで得たバリュープロポジションの典型といえるでしょう。
パーソナライズの活用
情報が飽和している現代社会では、パーソナライズされた情報の価値が高まっています。顧客に対する営業や販促も、パーソナルなアプローチが効果的です。
顧客ニーズに合わせたアプローチを採用すると以下のメリットがあります。
- 潜在顧客へのアクセスがしやすくなる
- 顧客との信頼関係の構築がより効率的になる
- 生産的なマーケティング施策ができる
- 顧客の囲い込みがしやすくなる
たとえば関東圏を中心にFMラジオ放送を行っているJ-WAVEでは、リスナーの視聴データを蓄積し、興味関心のあるジャンルの特定や閲覧コンテンツの類似性からのレコメンド、そして初回訪問時のアンケートを徹底しました。その結果、顧客のニーズに合わせて紹介したコンテンツのCTR率を10%~15%まで高めることができました。
マイクロモーメントへの落とし込み
人が何かを行動を起こそうと思った瞬間を、マーケティング用語でマイクロモーメントと呼びます。2015年にGoogleが提唱した考え方で、このマイクロモーメントを的確に把握し、顧客のニーズを理解すると大きなビジネスチャンスにつながるといわれています。マイクロモーメントには以下の4種類があります。
- 知りたい(I want to know)
- 行きたい(I want to go)
- したい(I want to do)
- 買いたい(I want to buy)
たとえば、化粧品ブランドの「RMK」はオンラインや店頭で商品を購入したい人に向けてYouTube公式チャンネルを立ち上げています。RMKの商品を使ったメイクアップやスキンケアの方法が動画でわかりやすくかつ美しく紹介されており、見ているだけで購買欲求を喚起される仕組みです。
商品開発や改良
顧客ニーズに沿った商品開発や改良を行えば、ヒット商品やロングセラー商品が生まれる可能性が高くなります。時代に応じて顧客ニーズは刻一刻と変化します。そのため長く愛される商品を作るためには、顧客ニーズを定期的に調査し、商品とのズレを埋めていく努力が必要なのです。
たとえば、タカラトミーのおえかきボード「せんせい」は40年以上販売されているロングセラー商品です。その裏側には、顧客へのインタビューを行い、顧客ニーズに沿った商品改良を何度も繰り返している企業努力があります。一瞬の大ヒット商品であればまぐれ当たりの可能性もありますが、ロングセラー商品は特に顧客ニーズに寄り添う姿勢があってはじめて成り立つのです。
まとめ
顧客ニーズの定義やリサーチ方法について、ポイントをまとめると以下のようになります。
- 顧客ニーズとは、顧客自身が自覚している「顕在ニーズ」と自覚がない「潜在ニーズ」に分かれており、ウォンツからの深堀りが必要である
- 顧客ニーズを知るための手法はさまざまだが、一つの手法だけではなく多角的にデータを集めてニーズを検討するとよい
- 顧客ニーズを活用すると、商品の品質や価値の向上、そして顧客の囲い込みを行うことができる
マーケティングの基本というべき顧客ニーズは、ビジネスで活用する機会が多いため、ぜひこの機会に基本をしっかりと押さえておきましょう。
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