はじめに
マーケティングでは、さまざまな軸を使って顧客分類を行います。マーケティング施策では、企業と顧客の間の距離(心理的要因・物理的要因)を基準に顧客全体を区分し、それぞれの層(フェーズ)の特徴に合わせたアプローチを行います。今回は、顧客の分類方法と顧客のフェーズに応じたアプローチの選び方について解説します。
顧客育成(ナーチャリング)でみる顧客分類とは
既存顧客とのエンゲージメントを増やし、優良顧客を育てていくことで顧客基盤を強化する顧客育成(ナーチャリング)は、経営の安定には欠かせない施策です。顧客育成の効果を高めるためには、顧客の全体像を把握するマクロな視点と個々のニーズやインサイトを深堀りするミクロな視点が両軸で必要です。たとえば顧客分析のフレームワークのうち
- 最新の購入日や購入頻度、購入額から顧客を分類する「RFM分析」
- 購買行動や経過日数、購入頻度をもとに顧客を10分類する「CPM分析」
などを使ってあらかじめ顧客分類を行うと、それぞれのフェーズに適した顧客育成が実施できます。
顧客の状態に合わせて7つのステップ分類を行う
先述したRFM分析やCPMの分析のデータを用いて顧客の状態を分類すると、次の7つのフェーズに区分できます。
- 非見込み客(潜在顧客)
- コールドリード
- 育成リード(ウォームリード)
- ホットリード
- 商談客
- 既存顧客
- 優良顧客
フェーズごとの顧客の特徴をまとめました。
Step1非見込み客(潜在顧客)
非見込み客とは、自社商品を認知しておらず、商品のよさやニーズにも気づいていない顧客を指します。この層には、まず自社商品の存在を知らせるためのアピールが必要です。
非見込み客の特徴として、セールス感が強いアプローチだと忌避感を覚える傾向があります。そのため、オウンドメディアやSNSを使ったコンテンツマーケティングが有効でしょう。また広告を展開する場合も、機能面を訴求するのではなく、顧客自身が気づいていない課題を換気するメッセージを送る方が効果的です。
一例として、健康食品の「やずや」は、毎日が忙しく寝起きも疲れを引きずっている主婦層に向けて、「目が覚めてもなかなか動けないのではないですか?」といった問いかけをCMで採用しています。そうして、自分の健康状態に意識を向けてもらい、自社商品の認知につなげるのが狙いです。
Step2 コールドリード
自社商品に関心があり、いつかは購入してくれる可能性がある顧客を「見込み顧客」といいます。その見込み顧客をさらに購買意欲の度合いで区分けした場合、購入への関心が最も低い層をコールドリード、あるいはまだまだ客といいます。街角でパンフレットを受け取っただけの人や展示会で知り合っただけの企業などをイメージすると理解しやすいでしょう。コールドリードは見込み客全体の80%に該当するといわれています。
コールドリードの顧客に対してはまずタッチポイントの設計を見直し、接触回数を増やしながら、次のフェーズであるウォームリードまで育てていく必要があります。メルマガなどプッシュ型のアプローチを定期的に行い、継続的なフォローを心がけましょう。自社製品のよさが浸透していけば、今後の顧客として育つ可能性も十分ありえます。
Step3 育成リード(ウォームリード)
コールドリードの顧客の温度感が高まっていくと、ウォームリードのフェーズに移行します。ウォームリードとは、購入意欲が中程度の見込み顧客のことで、そのうち客とも呼ばれています。イメージとしては、「いつかは一軒家を建てたいな」程度の購買意欲を抱いている顧客だと考えましょう。ニーズはあるものの、そのままでは購入には至らず、時間経過とともに優先順位が下がることがあります。購入までのハードルが高い高級志向の商品や日常生活に必須とはいえない嗜好品を取り扱う企業であれば、コールドリードの顧客育成に特に注力すべきでしょう。
ウォームリードの顧客に対しては、「なぜ今買うべきなのか」、必要性の部分を訴求していくことで次のホットリードへと移行しやすくなります。
Step4 ホットリード
見込み顧客の中でも自社商品への購買意欲が最も強く、本格的に情報収集を行っている顧客をホットリードと呼びます。またの名を今すぐ客といい、見込み客全体の1%程度だといわれています。
ホットリードの顧客は、競合他社の類似商品と比較しているケースが多いのが特徴です。この層には自社製品の魅力を訴求し、初回の購入実績を作ることを目標とすべきでしょう。たとえば初回購入限定送料負担のみといったプロモーションは、商品代金が実質無料でお得感を演出しつつ、送料の支払いで顧客に購入実績を作るための施策です。オンラインでの販売であれば、合わせてリストを取得する効果もあります。美容院などで新規顧客限定のクーポンを用意しているのも全く同じ戦略です。
Step5 商談客
B to Bのビジネスでは、顧客は取引内容について交渉や相談を行う商談が設けられます。B to Cでもたとえば、注文住宅やオーダーメイドスーツのように、ある程度高額かつカスタマイズが必要な商品であれば商談が行われています。
最終的な購入決定直前タイミングである商談に参加している状態の顧客を、商談客と呼びます。
商談客に対して行うべきことは、売り手が一方的に話すのではなく、顧客の声に耳を傾け、その不安を取り除くことです。口に出せていない懸念点もしっかりくみ取り、説明を惜しまないことです。購入可能性の向上に加えて、顧客のアフターフォローがしやすくなります。
また購入直前にためらいが生じる顧客も多いため、自信や安心感を演出し、必要に応じて付加価値を追加することでクロージングを行うのも効果的です。
Step6 既存顧客
既存顧客とは、ホットリードの状態から購買に至った顧客全体を指します。既存顧客の中でもアクティブ度合いには差があり、たとえば既存顧客の購買行動・経過日数・頻度を軸に顧客を分類するCPM分析では、次の10パターンに分けられます。
- 初回現役客:設定した期間内に初回の購入実績がある顧客
- よちよち現役客:設定した期間内に2回以上の購入実績がある顧客
- コツコツ現役客:設定した金額内で、安定した購入をしている顧客
- 流行現役客:短期間で設定した金額以上の購入実績がある顧客
- 優良現役客:長期にわたり特定金額以上の購入実績がある顧客
- 初回離脱客:設定した期間内の初回の購入後、離脱した顧客
- よちよち離脱客:設定した期間内で2回以上購入実績があったが、離脱した顧客
- コツコツ離脱客:設定した期間内で安定したリピート購入はあったものの、離脱した顧客
- 流行離脱客:短期間で設定した金額以上の購入実績があったが、離脱した顧客
- 優良離脱客:長期にわたり特定金額以上の購入実績があったにも関わらず、離脱した顧客
既存顧客を維持するためには、アフターサポートや良好なリレーションシップの構築に努める必要があります。
Step7 優良顧客
長期にわたり特定金額以上の購入実績がある顧客を優良顧客といいます。優良顧客の購入額は企業全体の売上の8割を占めており、口コミなど周囲への波及効果も高いのが特徴です。そのため、優良顧客をいかに維持するかが安定した経営の要といえます。
優良顧客は、特に顧客体験を重視する傾向にあります。そのためたとえば購入後のアフターフォローとして
- 商品の使い心地をヒアリングする
- バージョンアップなど最新情報を提供する
- 他の顧客の成功事例を伝える
- 顧客の困りごとを解決する新たな提案を行う
などを丁寧に行い、かつ上得意様限定の企画や特典などを用意して囲い込みを図ります。
顧客の誕生日や特別な記念日のようなパーソナルな情報にも目を配り、相手の趣味嗜好に合わせたオファーを行うのも効果的です。
各ステップでの施策テーマ
顧客のステップに応じて、それぞれ適切なアプローチは変わります。ここまでのフェーズ紹介でも、施策の方向性について簡単に説明していますが、よりアクションに落とし込みやすいよう、各ステップの顧客に合った手法を解説します。自社の事例をイメージしながら、読み進めていただくとより学びが深まります。
Step1非見込み客(潜在顧客)には課題の顕在化
自社商品をまだ認知すらしていない非見込み客の場合は、顧客自身も気づいていない課題を顕在化させなくてはなりません。そのためにも、顧客の潜在ニーズやインサイトを企業側がリサーチしておく必要があります。
顧客の見えない課題を顕在化させるためには
- インタビュー
- 行動観察調査(エスノグラフィー)
などの質的調査が効果的です。インタビューを用いた場合、既存顧客に直接さまざまな質問を投げかけることで、顕在ニーズの背景や奥底の欲求を引き出し、非見込み客への訴求ポイント飲み直しができます。行動観察調査は、たとえば顧客が実際に商品を購入したり使用したりする場面を観察することで、自社商品を購入してくれる顧客に共通する価値観や意識を探ることができます。
これらの調査結果だけでは非見込み客へのアプローチはできませんが、たとえば広告コピーを改善したり、コンテンツマーケティングの内容を改善したりする際の判断材料として効果的です。
Step2 コールドリードには担当者レベルで課題を共有化
自社商品を知っているだけで購買意欲が低いコールドリードに対しては、ニーズを掘り起こせるように定期的なアプローチを仕掛けていくのが理想です。メルマガなどを活用するにしても、顧客が何を求めているかがわからなければメッセージが刺さりません。そのため、コールドリードの顧客育成に苦戦している場合は、顧客ニーズの検証に立ち返って、アプローチプランを練るとよいでしょう。
顧客のニーズに関する気付きは、ぜひ担当者レベルで共有しておきましょう。そうすれば、複数の気付きから顧客のインサイトにたどり着くケースもありますし、顧客ニーズの仮説をチームでブラッシュアップできます。
ある程度企業の規模が大きな場合、CRMシステムを活用して情報共有を行うと、アプローチの最適化が容易です。
Step3 育成リード(ウォームリード)は解決策の共有
ある程度購買意欲が高まったウォームリードに対しては、自社商品によって問題解決できる未来を示しましょう。商品によって手に入る付加価値をきちんと伝え、顧客の利益を最大化する最適な商品やサービスの組み合わせを提案することで、顧客の心が動いていきます。
ウォームリードの大半が、自分のニーズに緊急性を感じておらず、「今すぐ買おう」という気持ちに移行しづらい傾向があります。そのため、次のような訴求ポイントのうち自社の事例で当てはまるものを積極的に取り入れるとよいでしょう。
- 今課題を解決すれば、悩んだり困ったりするコストを削減できる
- 今課題を解決しておかないと、状況は悪化していく可能性が高い
- 今だけキャンペーンで商品がお得に手に入る
お得感の演出は重要ですが、必ずしも価格を下げる必要はありません。たとえば他の商品を組み合わせたり、決済手段やアフターサービスで融通をきかせたりと取れる手段はたくさんあります。
Step4 ホットリード 商品の提案
競合他社と見比べながら購入を検討しているホットリードには、次のようなポイントを抑えつつぜひ積極的な提案を行いましょう。
- 顧客が解決したい課題の本質はどこにあるのか
- 顧客は自社商品のどこに価値を感じているのか
- 競合他社と比べて、自社の強みと弱みはどこなのか
ありがちな提案の失敗が「いいことだけを伝えてしまう」ケースです。自社商品のメリットを訴求するのは当然ですが、弱みの部分は隠さずに伝えましょう。その上で、マイナスを補うための付加価値を提供すれば、顧客はこちらの提案に誠実さを感じてくれます。
「完全受注生産で職人が丁寧に作るからこそ完成までには時間がかかる」「顧客一人ひとりを徹底サポートするため、限定枠以上の仕事をお断りしている」のように、弱みを逆にブランディングとして活かすのもおすすめです。
Step5 商談客は商品の付加価値提案”
商談客には、いかに付加価値を見せて、顧客に「買わせてください」と言っていただける状態に持っていくかが重要です。つまり営業のクロージング技術が問われます。
クロージングの際に活用したい付加価値は全部で3種類あり
- 相手にポジティブな感情を与える情緒的価値
- 価格や性能で優れているという機能的価値
- なりたい自分になれる自己表現的価値
クロージングではつい、機能的価値に目が向きがちですが、情緒的価値や自己表現的価値を提供できるのでそちらのほうが好手です。なぜなら、自社の売上を損ねず、今後の顧客ロイヤルティ向上も期待できるからです。
Step6 既存顧客は顧客ロイヤルティを高める情報提供
既存顧客に対しては、定期的なコミュニケーションをとりながら、そのロイヤルティ向上を目指す施策が有効です。販売後に不満な点や困りごとがないか、こまめにフォローしながら、顧客の利用状況をリサーチしましょう。
たとえば、フライパンを販売している会社であれば、そのフライパンを使ったおいしい料理のレシピや簡単な洗い物のコツなど、有益な情報提供も喜ばれます。自社、あるいは提携している他社の商品をクロスセルするオファーも、顧客のニーズにそっていれば売上アップと同時に顧客ロイヤルティ向上が狙えます。
顧客ロイヤルティの度合いについては、定期的にアンケートを行い、「他の人への推薦度合い」を数値化したNPSスコアを計測して確認することをおすすめします。
Step7 優良顧客への対応は囲い込み重視
自社の売上の8割を占める優良顧客には、CRMを活用した囲い込み戦略を行いましょう。囲い込み戦略には「行動面」と「心理面」の2種類があります。
行動面へのアプローチとは、自社を継続的に利用すると明らかに「お得」だと顧客に伝えるための施策です。たとえば購入金額や回数によってより多くのポイントが付与されるシステムやVIP限定の企画やクーポン施策などが好例です。比較的導入しやすく、効果も短期間で出ます。ただし、競合他社との差別化が難しいため、心理面のアプローチも組み入れましょう。
心理面へのアプローチとは、ファン化を促すことです。顧客の想定している以上の顧客体験を提供していけば、ロイヤルティがさらに深まり、ファンが増えていきます。よりよい顧客体験を提供するためにも、優良顧客の声には常に耳を傾けましょう。
まとめ
顧客分類とそのフェーズに応じたアプローチをまとめると、以下のポイントがわかりました。
- 顧客分類は、顧客育成を行うために必要な下準備であり、RFM分析やCPMを活用すると効果的である。
- 顧客分類には7つのフェーズがある。非見込み客の段階から顧客を育て、最終的には優良顧客への移行を目指して施策を行う。
- 7つのフェーズごとに顧客への有効なアプローチは異なるため、顧客のニーズや購買欲求の度合いに応じて訴求ポイントを変える。
実際にやってみるとわかりますが、顧客分類は手間がかかるプロセスです。しかしこの分類を行っておくだけで、今後の顧客育成の精度が高まります。ぜひ今回の記事を参考に顧客データと向き合いながら分類を進めてみてください。