はじめに
「見做す(みなす)」と「見立てる」、ごっちゃにしていませんか。日本語には、似たように思える言葉や、意味の類似した言葉が多く存在します。その一つひとつを全部同じだと「見做して」しまうのはもったいない!
例えば、言葉を草に「見立てて」考えてみましょう。それぞれ種類があるのに、雑草として一括りにすると味気ないものです。でも一草ひと草を見分けられれば、どうでしょう。風景が鮮やかに一変し、微細な香りさえ嗅ぎ分けられるかもしれません。
ヒメジョオンとハルジオンが似ていながら異なるように、「見做す」と「見立てる」も意を異にする言葉。その違いを知るだけでも言語観が豊かになりますよ。
「見做す」とは
「見做す」は、ある物事に対して、それが持つ意味を解釈して決定づける行為を指します。○○は○○という判断を、「○○を○○と見做す」という風に表現します。
◎「見做す」の使用例:
あの人を天才と見做す。
彼女の発言を冗談と見做す。
この問題を解決済みと見做す。
その行動を異常と見做す。
これらの例からわかるように、「見做す」は、人や物事について判断をする際に用いられます。ある対象を観察し、それに対して一定の評価を下す言葉です。このプロセスには、客観的な視点から物事を捉え、論理的に結論を導くことが求められます。
ライティングにおいては「見做す」を適切に使うことで、読者に対して明確な判断基準を提示できます。例えばエッセイや評論文では、事実に基づいた評価を行う際に「見做す」を用いることで、論理的な説得力を持たせられます。
見立てるとは
一方、「見立てる」は、あるものを別のものに例えることを意味します。異なるもの同士を共通点によって関連付けることで、対象(あるもの)への理解を深めたり、そのときの思考を推し進めたりします。
例えば「彼をライオンに見立てる」という表現は、勇敢さや強さを象徴する動物ライオンを引き合いに出し、その人(彼)らしさを際立てようとする行為を指します。
◎「見立てる」の使用例:
この花を星に見立てる。
彼女の姿を英雄に見立てる。
この景色を絵画に見立てる。
「見立てる」は、比喩や象徴を用いて物事を表現する際に使われます。これは、観察した事象や人物を別のものに例えることで、その特徴や性質を強調する手法です。ライティングにおいては、「見立てる」を用いることで読者に豊かなイメージを喚起し、文章に深みと魅力を持たせられます。
ただし、「見立てる」を書くことが必ずしも最適だとは限りません。対象を何かに見立てることは思考上に留め、その結果を文章上に書いていく方法もあります。
というのも、「○○を○○と見立てれば〜」と書かれた文章は、説明的で分かりやすいというメリットがありますが、小説や詩でそのように書くと興ざめになる可能性があります。「見立てる」と説明せずに例えの内容を具体的に描いていくほうが、読者をフィクションに没入させやすくなるからです。
「見立てる」という言い回しを使って文章をつくるか、その結果のみを書いていくか。どちらが適切なのかは、文章のジャンル(広告、コラム、記事、論文、文芸等)によって変わってきます。
判断と比喩の違い
「見做す」と「見立てる」の違いは、主にその使用目的と視点にあります。「見做す」は判断を下す行為であり、客観的な評価や結論を導くために使われます。一方、「見立てる」は比喩的な表現を行う行為であり、主観的な視点から物事を捉え、創造的に表現するために使われます。
例えば、ある人物の行動を「見做す」場合、その行動が善意であるか悪意であるかを判断します。しかし、その人物を「見立てる」場合、行動や性格を何かに例えることで、その特徴を強調します。
ライティングにおいて、これらの違いを理解し、適切に使い分けることは非常に重要です。「見做す」を用いることで、論理的で説得力のある文章を、「見立てる」を用いることで、創造的で魅力的な文章を作成することができるでしょう。